赤いキツネと女の子  作 キムドン

 日曜日の朝、健太は近くの森林公園にドングリを拾いに出かけた。庭に設置しているバードテーブルに置くためだ。

 時折、庭に姿を現すエゾリスに健太はドングリを食べてもらおうと思ったのだ。

 森林公園の散策路には枯れ葉が降り積もり、健太が歩くたびにカサカサと音をたてた。

 目に鮮やかな赤い紅葉のイタヤカエデの木の隣に大きなドングリの木があった。

 健太がドングリの実を集め始めた時、目の前にひょいと赤毛のキタキツネが現れた。

 尻尾の先が白く、足が黒いキツネだった。 

 キタキツネは健太と目が合っても逃げる様子がなく、ドングリ拾いをしている健太を敵か味方か見極めるかのように見つめている。

 「何か欲しいのかなあ。キツネはドングリを食べないし、ポケットには何ないぞ。」

 しばらく健太と目を合わしていたキタキツネの目から険しさが消えた。

 警戒心を解いたキタキツネは、健太に背を向けるとすたすたと歩き始めた。

 健太があわてて後を追うとキタキツネは、時々立ち止まり健太を振り返る。

 健太はキタキツネの後から、つかず離れずついていった。

 キタキツネは登り坂の散策路に差し掛かると突然走り出し、坂に向こうにピョンと跳んでいった。

 健太も続いて坂を駆け上がった時にはキタキツネの姿が消えていた。

 その時、健太に向かって坂の下から駆けよってくる人影があった。

息せきってやってきたのは紅葉の葉模様のショートダウンにミニスカート姿の女の子だった。

 すらっと長く伸びた足に黒い毛糸のソックスと茶革の運動靴を履いていた。

女の子は荒い息をしながら健太の前で立ち止まると健太の手を握って言った。

 「来て!私といっしょに来て!」

 「えっ、どこに…」

 突然、手を握られてどぎまぎしている健太に女の子がせっぱつまった声で言った。

 「木にはさまって動けないでいるの。早く来て、おねがい!」

 健太は、わけがわからないまま、『うん』と返事をした。

 すると、女の子は健太の手を引いて坂道を駆け降り、散策路のわきの草むらから林の中に入っていった。

 林の中に強風で倒れた木があった。その倒木に女の子が向かっていく。

 「ほら、あそこよ。」

 女の子は握っていた健太の手を放して指をさした。

 健太が目をやるとそこには倒木の枝に後ろ足を挟まれ、動けなくなっている子ギツネがいた。

 そーっと近寄っていくと救いを求めるように子ギツネは二人を見上げた。

 「この子の足が枝に挟まれているの。わたし一人じゃ無理だけど二人ならこの枝を持ち上げる事が出来るわ。手伝って!」

 女の子は真剣な顔で健太に言った。

 健太は女の子の声に押されて、倒れた木の枝に手をかけた。

 「さあ、枝を持ち上げるわよ。力を入れて一、二、三!」

 二人が枝をグイッと持ち上げると子ギツネの後ろ足はするっと地面から抜けた。

 体が自由になった子ギツネは素早く身をひるがえすと林の奥へ消えていった。

 「ありがとう。あなたのお陰で助けてあげる事が出来たわ。」

 強張った表情が消えた女の子は健太に可愛い笑顔を見せ深々と頭を下げた。

 「えーっと、今の子ギツネはさっき僕が出会った赤毛のキツネと違うな。これはどういうことだ。」

 健太は頭の中がこんがらかっていた。

 「あなたが出会ったキツネのことは知らないわ。木の枝に挟まれた子ギツネは私が森の中を散歩している時に偶然見つけたのよ。」

 『散歩でこんな林の奥までやってくるの。なんか変だなあ。』

 健太は不思議に思ったけれど、すっと伸びた切れ長の目でじっと見つめられると胸がどきっと高鳴り、何も言えず黙ってうなずいた。

 女の子は健太の先に立ち、草むらをはねるように飛び越えて散策路にでた。

 そして、健太に笑顔を向けると「さようなら、またね。」と言って赤いスカートをひるがえし去っていった。

 その時一瞬、赤いスカートの下に何か白いものがちらっと見え、健太はびっくりした。

 『えっ、尻尾?まさか!』

 健太が急いで草むらをぬけ散策路にでた時には、女の子の姿はどこにもなかった。

 散策路にぼんやり立ちすくむ健太の耳に林の奥から『コーン』と甲高いキツネの声が聞こえた。