どんぐりの森へ   作 キムドン

 今日は、ゆめみの幼稚園の秋の遠足です。ゆめみの幼稚園の遠足は、三キロの長い道のりをただひたすら歩く徒歩遠足です。
 あきちゃんは歩くのが大嫌いです!それで、今日は朝からとっても不機嫌なのです。
 いやいや登園したあきちゃんですが、出発式に集まったお友達はみんな元気いっぱいです。
 園長先生が「出発式の前に新しいお友達を紹介します。」 と転入生の女の子を演台に上がらせました。
 目のくりっしたかわいい女の子が忍者のような黒い服を着ているのでみんなはびっくりです。
「わたしは黒野にん子です。忍者が大好きで、忍術の修行中です。今日の遠足も忍者ばしりでがんばります。」
 にん子ちゃんは園庭中にひびきわたる大きな声であいさつをしました。
 みんなは、はじめはあっけにとられていましたが、すぐに大笑いと大拍手がわき起こりました。
「元気にしゅっぱーつ!」とにん子ちゃんが、園長先生の代わりに声を掛けるとあきちゃんを除いた、ゆめみ野幼稚園の子ども達は、「ハーイ」と大きな声で返事をして、元気よく歩き始めました。
 どんぐりの森へは、幼稚園の裏手に広がる田んぼの間を通る里道を歩いていきます。
 車が通らない道なので、子ども達は列にならず、それぞれ自分の力に合わせて、自由に歩いていきます。
 今日、幼稚園に来たばかりのにん子ちゃんは、とても足が速くてあっという間に姿が見えなくなりました。
 歩くのが大嫌いなあきちゃんは、年長さんなのに歩き始めてすぐにみんなからどんどん遅れていきました。年少さんにもつぎつぎ追い抜かされていきます。
「ああ、もう歩けないよ。」あきちゃんは、道ばたに座り込んでしまいました。
「あきちゃん、だいじょうぶ。」声を掛けてきたのは、お友達のみくちゃんです。
 みくちゃんは、ずっと先を歩いていたのに、あきちゃんのことが心配で戻ってきてくれたのです。
「あきちゃん、がんばって歩こうよ。」
 みくちゃんが励ましてもあきちゃんは、動こうとしません。
「あとから先生がくるから、わたし先生におんぶてもらうんだ。」
 あきちゃんはその場に座ったきりです。そこへ、黒装束のにん子ちゃんが駆け足でやってきました。
「あれっ、にん子ちゃんはずっと先のほうに行ってたのに、どうしたの。」
 突然、駆け足で目の前に姿を現したにん子ちゃんに、みくちゃんはおどろいてききました。
 にん子ちゃんは二人の前に立ち止まって、明るい元気な声で言いました。
「どんぐりの森に一度ついてもどってきたのよ。どんぐりの森にはほんとうにドングリがいっぱい落ちてるの。先生に知らせようと思って戻ってきたのよ。」
「へー、すごいなあ、そんなにたくさん、どんぐりが落ちているの。あきちゃん、どんぐりの森に早くいきたいね。」
 みくちゃんがあきちゃんの手を引くとあきちゃんは、ようやく立ち上がりました。
「どんぐりの森の中をあるくと、ぎしぎしと音がするよ。私、どんぐりの森でどんぐりを踏んでもぜったい音がしないよう素早く動き回る修行をするんだ。」
「にん子ちゃんは、すごいね。忍術の修行をすると早く動けるようになるんだね。私も修行をしたら歩くのが好きになるかな。」
 あきちゃんが元気いっぱいのにん子ちゃんに聞きました。
「忍術の修行をするとだれでもできるようになるよ。忍術にはたくさんのわざがあって、一生懸命修行するとすがたをけすこともできるのよ。」
「へーっ、すごーい。ほうとうに。」とみくちゃんが聞きました。
「わたしは、これから稲の中に入り姿を消すからみていてね。草隠れの術よ。」
 にん子ちゃんは、手を組んで、なにやらじゅ文をとなえると「えいっ」と気合を掛け、稲穂の中に飛び込んでいきました。
 二人は田んぼに飛び込んだにん子ちゃんの姿を目で追いかけました。
 でも、田んぼの中には黄金の稲穂が秋風に揺れているばかりでにん子ちゃんの姿はどこにも見当たりません。
「にん子ちゃん。どこへいったのー。」二人が田んぼにむかってさけぶと「ここですよー。」と遠くの方から声がします。
 にん子ちゃんは、いつのまにかずっと先の道に立っていて手を振っています。
 顔を真っ赤にして、忍者走りで素早く二人の所にもどってきたにん子ちゃんが「本当に姿が消えたでしょう。忍術ってすごいでしょう。」と自慢気に言いました。 にん子ちゃんの元気いっぱいの姿を見て、あきちゃんは、さっきまで座り込んでいた自分が恥ずかしくなりました。
「私と一緒にどんぐりの森へ行こう。そして、いっしょに忍術の修行をしようよ。」とにん子ちゃんが言いました。
 二人は顔を見合わせ、にっこり笑って「はいっ!」と答えました。
 そして、しっかり手をつなぎ、どんぐりの森をめざして歩き始めました。