健太とエゾリスの話  作キムドン

 

秋が深まった十月下旬の朝、突然、エゾリスが健太の家の庭に現れた。

「健太、リス、リス、リスがいる!」とお母さんの慌てた声が台所から聞こえた。

朝ご飯を食べ終え、学校へ行く準備をしていた健太は庭に面したリビングの窓に目をやった。
 ブロックの塀の上を素早く走ってきたエゾリスがバードテーブルに座り込んだ。

 「何でリスがいるの?」と健太はびっくりして言った。

 健太が庭にバードテーブルを作ったのは、五月の連休中だった。

 スズメ、キジバト、カワラヒワなどの野鳥が入れ替わりやってきて、健太の家族の目を楽しませていたがエゾリスはこれまで一度も来たことがなかった。

 「カメラ、カメラ!」と健太が叫んで家の中をどたばた走り回っているうちにエゾリスはさっと姿を消した。

 「大きい声を出したからリスがいなくなったね。」とお母さんが残念そうにつぶやいた。

 「また来るだろうか?お母さん、リスがまた来たら写真を撮っておいてね。」と健太はお母さんに頼んで、しぶしぶ学校に行った。

 健太の家は学校のグランドと接していて、校舎が庭から目の前に見える近さだ。

 健太はエゾリスのことが気になって、その日一日、上の空で過ごした。

 四年生の教室は二階にあり、教室の窓から健太の家の庭が丸見えだ。
 時々、庭に目をやるがエゾリスの姿は見えない。

 「健太くん、今日は窓の方ばかり見ているけど、先生のお話をしっかり聞いてね。」と担任の青木先生に注意されてしまった。

 次の日、健太はいつもより早く起きた。

 いつもはお母さんに急かされて行う学校の準備もさっさと済ませた。

 「おや、今日はずいぶんてきぱきと動いているな。健太、リスが来るまで待っていて学校に遅れたらだめだぞ。」

 お父さんがそう健太に声をかけると仕事に出かけた。
 健太はお父さんの言葉も耳に入らない様子で庭を見続けていた。

 昨日、エゾリスが姿を見せた七時四〇分が過ぎてもエゾリスは来ない。

 そろそろ学校に行かなくてはと健太が椅子から腰を上げたその時、ブロック塀の上に茶色い小さな塊が走り込んできた。

 「お母さん、エゾリスがきたよ。」

 健太はささやくような声で台所のお母さんに知らせた。

 「今日も来たね。びっくりだね。バードテーブルからヒマワリの種を選んで食べているようだね。健太、リス用のえさ置き場をつくってみたら。」とお母さんが言った。

 健太も同じことを考えていた。

 「お母さん、今日、学校が終わったら森林公園に行ってドングリの実を集めてくるよ。ヒマワリの種はいっぱいあるしね。」

 今年はバードテーブル用に花壇にヒマワリをたくさん植えたのだ。

 健太はブロック塀の上に木箱を置いてドングリの実とヒマワリの種をどっさり置いた。

 健太は次の朝もいつもより早起きして、エゾリスが来るのをワクワクしながら待った。

 「三日間も続けて来るだろうか。」

 リス用のえさ場を用意したけれどエゾリスが今日も来るのかは半信半疑だった。

 まだ来ないだろうと思っていた朝の七時半、バードテーブルに集まっていたスズメが一斉に飛び立った。
 見るとエゾリスがバードテーブルに近づいてくる。

 そして、目ざとく健太が用意したリス用のテーブルに飛びつくとヒマワリの種を食べ始めた。
 時々、ドングリの実を口にほおばると庭に降りて土を手で掘って埋めている。

 ヒマワリの種を食べ、ドングリを庭のあちこちに埋めて歩くのを十五分ほど繰り返し、エゾリスはお隣の家の庭に消えていった。

 健太は朝の会のみんなのニュースの時間にエゾリスのことを話した。

 「エゾリスがおとといの朝、突然、僕の家の庭にやってきました。昨日も来たのでえさ場を作ってヒマワリの種とドングリを置いたら今日の朝もきました。」

 「えーっ!」とみんなが声を上げる中、健太の家の三軒隣に住む綾人が手を上げた。

 「エゾリスなら僕の家にずっと前から来ているよ。」

 みんながまた「えーっ!」と声を上げ、学級の中がざわめいている中、今度は綾人のもう三軒隣に住む麻里が手を上げて言った。

 「エゾリスは私の家の庭にも来ています。おばあちゃんが庭に時々のパンくずを撒くのでそれを食べていきます。」

 「おやおや、すごいですね。健太の家に来ているエゾリスは、たくさんの家を訪れているのね。森林公園が近くにあるから、エゾリスは森林公園から来ているのかしら?」

 担任の青木先生が不思議そうに言った。

 健太は青木先生の話を聞いて、エゾリスがどこから来て、どこへ帰っていくのか知りたいと思った。

 それで中休みに綾人と麻里に自分の考えを話してみた。
 二人とも健太と同じ思いだったらしく、健太の話に乗り気になった。

 三人はさっそく額を集めて。エゾリスを追跡する方法の相談を始めた。

 健太が通っている学校は森林公園の入り口から五百メートルくらいのところにあり、学校の前には森林公園に続くツリバナの並木道があり、たくさんの実をつけている。

 学校のグランドを囲むように住宅が立ち並んでいて健太、綾人、麻里の家の庭はグランドに接していた。

 エゾリスは森林公園からの並木道を伝ってグランドに入り、周りの家の庭を渡って健太の家まで来るらしい。そのことを三人で実際に確かめる計画を立てたのだ。

 土曜日の朝、健太、綾人、麻里がグランドに集まった。学校の前の並木道からグランドに入る通路にある物置の影に三人は身を潜ませてエゾリスが来るのを待った。

 エゾリスは初めて姿を現した日から一日も欠かさず、毎朝八時前には健太の家の庭を訪れている。

 「きた!」と麻里がささやき、校庭の前の並木に目をやった。エゾリスが素早い動きで木の上から降りてくる。

 そして、グランドの周りに立ち並んでいる住宅の庭に飛び込んでいった。

 「私の家の庭に入ったよ。昨日、おばあちゃんが庭にパンくずを蒔いたから、きっと食べていると思うわ。また出てくるよ。」

 麻里が言った通り、しばらくするとエゾリスが塀の上に顔を出した。

 エゾリスの姿を目で追っているとエゾリスはグランドの周りの住宅の庭やブロック塀の上を走ってどんどん進んでいく。

 綾人の家を通った時は、ブロック屏の上を一瞬で駆け抜けて言った。

 「お母さんに窓の外を見ているように頼んできたけど気がついたかなあ、」

 綾人がぶつぶつ言っていたが、あまりに素早くて気が付かなかったかも知れない。

 エゾリスがようやく健太の作ったリス用のテーブルにたどり着いた。
 健太の家の庭に集まっていたスズメが一斉に飛び立った。

 エゾリスはテーブルに座り込んで夢中でヒマワリの種をむさぼっている。

 三人はブロック塀の下を這うようにしてそっとエゾリスに近づいて行った。

 エゾリスが人の気配に気づいて動きを止める。健太達もあわてて身を縮めた。

 「まるでエゾリスとだるまさんごっこをしているみたい。」と麻里が言った。

 それを聞いて健太と綾人がクスッと笑った。

 その声が聞こえたのかエゾリスはヒマワリの種を手に持ったまま、ひょいと頭をもたげ塀の下の三人を見た。
 次の瞬間、エゾリスは住宅街の行き止まりの小谷さんの家の広い庭に走り去っていった。

 三人が首を伸ばして小谷さんの家の庭をのぞいていると「どうしたのかな?なにかいるのかな?」と後ろから声がかかった。

 振り返る小谷さんがニコニコ笑いながら立っていた。

 「あっ、小谷さんおはようございます。小谷さんの庭にエゾリスが飛び込んだので、どこにいるか探しているんです。」と麻里が言うと続けて健太と綾人がエゾリスの後を追いかけているわけを代わる代わる説明した。

 「みんなが探しているエゾリスなら今、あの松の木の上にいるよ。そこのベンチに座ってじっくり観察するといいよ。」

 小谷さんは庭のベンチを指さして言った。

 「健太くんの家にエゾリスが訪れるようになったのは最近のようだけど、実はもっと前から来ていて、気づかなかっただけかもしれないね。健太くんがバードテーブルに毎日、ヒマワリの種とドングリが置くので長居をするようになったんだ。この庭には年がら年中、エゾリスが来ているよ。エゾリスが代替わりをしながら、もう何十年も前からね。」

 小谷さんの話を聞いて三人はびっくりした。

 「何十年も前から?」と健太は聞き返した。

 「実はね、みんなが生まれる前はこの辺り一帯、森林公園から続く原野だったんだよ。

学校のグランドになっている所は谷地で水場もあった。だからたくさんの生き物がやってきたよ。キジやヒバリ、キタキツネやエゾリスが姿を見せた。でも、三十年ほど前に団地造成が始まり、今は昔ながらの緑が残っているのはわしの家くらいかな。」

 小谷さんは昔を懐かしむようにあたりを見回しながら言った。

 小谷さんは団地が出来る前はこの辺りで農家を営んでいたという。

 小谷さんのお話を聞いているうちいつの間にか木の上からエゾリスの姿は消えていた。

 『森林公園の自分に棲み家に帰って行ったのかな。エゾリスにとっては、小谷さんの家の庭は森林公園と一続きだったんだ。』と健太は思った。

 「今度はエゾリスに会いに森林公園に行ってみようよ」と麻里が言った。

 「エゾリスに会ったら『いつでも遊びにおいでよ。僕、たくさんドングリを用意して待っているから。』と言ってあげるよ。」と綾人がは張り切って言った。

 「小谷さん、ありがとうございます。小谷さんのお話を聞いて僕たちエゾリスのことが大好きになりました。もう、エゾリスを追いかけたりしないで大事に見守っていきます。」

 健太がそういうと小谷さんは笑顔で言った。

 「エゾリスが代々命をつないで、これから何年も何年もここに通ってくるようみんなが見守ってくれると本当に嬉しいよ!」