エゾリスとドングリの木 作 キムドン

  「健太、ちょっと来て!ここにドングリの芽があるよ。」

庭で草取りをしていたお母さんが健太を手招きした。

 ヒマワリに水をやっていた健太は振り返りお母さんが指をさしている土の上を見た。

ちょこっと土から頭を出したドングリから細い茎が伸び、三枚の葉がついている。

「へーっ、ドングリの芽だ。うちの庭にどうしてドングリの芽があるの…。」

 健太はびっくりしてお母さんに言った。

「健太が植えたんじゃないの。庭にやってくるエゾリスに食べさせるって、去年の秋にたくさんドングリを拾ってきたでしょ。」

「えーっ、僕じゃないよ。お母さん、庭にドングリを埋めたのはエゾリスだよ。」

健太は去年の春に庭にバードテーブルを設置した。バードテーブルには、近くの森林公園からスズメ、カワラヒワ、キジバト、シジュウカラなどたくさんの野鳥がやってきて、秋にはエゾリスまでがやってきた。

黄色の長い尻尾を持ったエゾリスの訪問に健太は大喜び、エゾリスに『リオ』と名前をつけ、リオ専用のエサ台も作った。

ヒマワリの種や森林公園から拾い集めてきたドングリをエサ台に置いたら、リオは毎朝やって来るようになりヒマワリの種とドングリを食べて森へ帰っていった。

秋が深まるとリオは冬に備えて庭のあちこちにエサ台のドングリを埋めた。

「リオが埋めたドングリが芽を出したのね。ほらっ、庭のあちこちにドングリの芽があるわ。庭中、ドングリだらけになるから抜くわよ!」とお母さんは健太に言った。

「えーっ、お母さん、ドングリの芽を抜いちゃうの?何本か残そうよ。リオがドングリを探して一個もなかったら可哀想だよ。」

「それじゃあ、少しだけ残そうか。たくさんあるから健太も手伝って。」とお母さんは健太を促すとドングリの芽を抜き始めた。

健太は庭の隅っこに芽を出していたドングリを一本だけ残すことにした。

次の日の朝、リオはいつものように黄色の長い尻尾をたなびかせてやってきた。

いつもは、まっすぐにエサ台に向かうリオが、今日は塀の上から庭を眺めている。

そして、庭に飛び降りと庭のあちらこちらを探し回り、庭の隅っこのドングリの芽を見つけ匂いを嗅いで確かめていた。

 その後、リオは素早く塀の上に戻り、すくっと立ち上がると甲高い声で「キーッ」と鳴いた。

その途端、リオの体は金色の不思議な光に包まれ、広げた手の指からドングリの芽に向かって青白い光がピカッと放たれた。

 「お母さん、大変だ!」と健太は思わず声を上げた。

「どうしたの健太、そんな大きな声を出して!」
 お母さんがエプロンで手を拭きながら台所から出てきた。

「リオが光ったよ。リオの手から光が出た。」
 健太が指さした庭にお母さんが目を向けた時、リオの姿は消えていた。

 「何を馬鹿なことを言っているの。もう、学校へ行く時間よ。」

 お母さんに追い出されるようにして玄関を出た健太の頭の中に金色の光に包まれたリオの姿が消えずに残っていた。

 次の日、リオはいつものように庭にやってきてエサ台のヒマワリの種を平らげると庭の隅っこのドングリの芽の匂いを嗅いでから森へ帰っていった。

そんな毎日が続き、やがて季節は春から夏へと移り変わっていった。

ブロック塀に沿って数十本のヒマワリが立ち並び大輪の花を咲かせている。リオが去年の秋にエサ台から落としたヒマワリの種が春に芽を出し、大きく育ったのだ。

ヒマワリの花から収穫したたくさんの種はリオの大好物のエサになった。

夢中でエサ台のひまわりの種を食べているリオを見て、健太のお父さんが言った。

「リオは本当によく食べるね。森林公園のドングリが今年は不作と聞いたけど、庭のドングリがどんどん大きくなってるからリオは心配ないな。」

お父さんの言う通り一本残した庭のドングリはヒマワリに負けずに大きく育っている。

健太とお父さんはドングリの成長を初めて見たので、庭のドングリが異常なスピードで成長していることに全く気が付かなかった。

春にたった五センチくらいだったドングリの芽が夏のはじめには一メートル近くの木になった。
 夏が過ぎ、秋風が吹き始めるころドングリの木の成長は更にスピードを増した。

秋が深まった十月のはじめにドングリの木の高さは三メートルを超え、その後も毎日伸び続け、十一月に入るとドングリの木は高さ十メートルの大木になった。

張り出したドングリの木の枝にギザギザの葉がたくさん茂り、庭は鬱蒼となった。

木の枝と同様に木の根も四方に伸びていき、その力で庭のブロックの塀が傾き始めた。

はじめはドングリの木の不思議な成長を面白がっていたお父さんもお母さんに急かされて、やっと切り倒すことを決断した。

お父さんが庭木の伐採業者に依頼の電話を掛けたその日の夜のことである。

真夜中に健太は庭から聞こえてくる物音に気が付き目を覚ました。

「おとうさん、おかあさん」と健太は隣の部屋に寝ている二人に声をかけたが二人ともぐっすり寝込んで目を覚ます気配がない。

健太は布団から抜け出すと二階の寝室の窓を少し開けて庭を見下ろした。

青々とした満月の光が四方に伸びたドングリの木の枝を照らしている。

健太の目の前で枝の先から新しい枝がミキミキと音を立てて伸び、新しい枝には厚くてつやのある緑の葉が茂り、葉の間からドングリの実が次々湧きだした。

絡み合って庭を覆う屋根のようになった枝と枝の間から鈴なりに垂れ下がったドングリが風に揺れてガシャガシャと大きな音を立てている。

月の光があたり黄金色に輝いているドングリを見ていた健太の耳に「キーッツ」という甲高い声が聞こえた。

ブロック塀の上に目をやるとそこに金色に輝いたリオがいた。

塀の上に立ち上がったリオの後から続々とエゾリスが現れて、ドングリの枝に飛び移っ

ていく。

『一匹、二匹、三匹、四匹、五匹…あれっ、まだまだ来るぞ。六匹、七匹、八匹、…。』

あっという間にドングリの木の枝に数十匹のエゾリスが取り付いて、ドングリの実を木の下に落としている。

ドングリの木の下には大きなヒマワリの葉を広げて落ちてくるドングリを受けとめているエゾリスがいる。ドングリがたまると風呂敷包みのようにヒマワリの葉を担いで森の方へ消えていった。

そして、その後からまた新たなエゾリスが次から次とやってきてドングリを落としヒマワリの葉で運んでいく。

エゾリスが入れ代わり立ち代わり目まぐるしく動き回り、数え切れない数のドングリの実を運び終わると健太の家の庭から姿を消した。

 健太は窓から目を離す事が出来ず、シーンと静まり返った庭を見続けていた。

満月が西の空に沈み、東の空が白み始めたころ健太は眠りに落ちた。

 「健太、どうしたの、こんなところで寝ていて、風邪をひくじゃないの。」

お母さんの声で健太は目を開けた。窓から覗くとお日様が明るく庭を照らしていた。

 エゾリスが運び残したドングリのみが庭中に散らばっている。

 二階の寝室から階段を下りていくとお父さんとお母さんはもう食卓についていた。

健太は真夜中の不思議な出来事をお父さんお母さんに話そうと思ったがいつもと変わらない二人の様子を見てやめた。

『もしかして夢だったのかな』と健太はモヤモヤした気持ちで学校に行った。

健太が学校へ行っている間に庭木の伐採業者がきて、ドングリの木は切り払らわれた。

健太が学校から帰ってきた時には鬱蒼としていた庭は元通りの庭に戻っていた。

庭木の伐採業者さんは庭の枝を伸ばしたドングリの大木と庭中に散らばっている大量のドングリの実を不思議そうに見て言っていたそうだ。

「一年に三十センチしか伸びないドングリの木が半年でこんな大木になるなんて、とても信じられないなあ。ドングリは二~三年周期で豊作と凶作とを繰り返えしていますが、今年はドングリの凶作の年です。だから、この庭のドングリの木が大豊作なのはどうしてなのか、本当に不思議ですね?」

伐採業者さんは何度も『不思議?』を繰り返して、伐採したドングリの木と枝をトラックに積んで帰っていったそうだ。

お母さんからその話を聞いた健大は『やっぱり夢じゃなかったんだ。リオは不思議な力を持った凄いリスなんだ。』と思った。

次の朝、健太は凄い力を持ったリオを王様でも迎えるような気持で迎えた。

でもリオは何事もなかったように庭に現れて、ヒマワリの種を食べるとドングリを庭のあちらこちらに埋めて森へ帰っていった。