森のフクロウと健大の眼鏡   
作キムドン 

 健太のお父さんは森林公園の野鳥の姿をカメラに収めるのが趣味だ。日曜日の今日、朝早く森に出かけたお父さんが子育て中のフクロウを見つけたと興奮して帰ってきた。

そして、フクロウの写真を自慢気に健太に見せた。

写真には、木の上のほこらから顔を出している3羽のフクロウのヒナが写っていた。

「かわいいね。フクロウの赤ちゃん。このフクロウの赤ちゃんはまだ巣の中にいるの。ぼくも一度見てみたいなあ。」と健大が言った。

「フクロウは子育ての間は同じ場所にいるから、今度の日曜日に一緒にフクロウの木を見にいこう。」とお父さんが言った。

日曜日の朝、双眼鏡を肩から下げて、お父さんとわくわくした気持ちで森林公園に出かけた。

「あそこだよ健太、フクロウの巣のある木は…、今日もたくさんのカメラマンが来ているね。」とお父さんは健太に教えながら望遠カメラをリュックから出した。

フクロウの木の下に三脚に据えられた望遠カメラ何台も並んでいて、カメラマンがしきりにシャッターを押している。

フクロウがとまっている木の枝の横に大きなほこらがあり、そのほこらの中で何かが押し合い、圧し合いしている。

健太はもぞもぞ動いている毛玉をよく見ようと眼鏡をはずして近くのベンチに置いた。

そして、肩にかけていた双眼鏡を目に当て、ほこらの中をのぞいた。

その途端、目の前に丸い目をしたフクロウのヒナがアップで現れた。

健太は思わず「かわいい!」と声を上げた。

 やがてフクロウの親鳥がバサバサと羽音を立ててどこかへ飛び去っていき、3羽のヒナはほこらの奥に隠れてしまった。

 一人、二人とカメラマン達も望遠カメラを片付けて木の下から去っていった。

その時、ほこらのヒナを脅かして外に出そうとしたのか、一人のカメラマンが去り際に木に幹を思い切り蹴った。

「あっ、だめだよ。そんなことをしたら!」

健太は思わず叫んだ。乱暴なカメラマンは、健太をじろっとにらむと黙って立去った。

「健太、えらかったな。あの非常識な人を注意して。あんな人がいるとフクロウはもうこの木では子育てをしなくなるな。さあ健太、今日はもう帰るぞ。」とお父さんは言った。

健太はフクロウのヒナに出会った興奮が冷めないままフクロウの木を後にした。

夢中でフクロウのシナを双眼鏡で見ていた健太は、ベンチに置いた眼鏡のことをすっかり忘れていた。

誰もいなくなったのを見計らい、フクロウが木に戻ってきた。戻ったばかりのフクロウに森の奥からエゾリスが言葉をかけた。

「大変ですね。フクロウのお母さん。毎日、たくさんのカメラマンが押し寄せて…」

「子育ての時は、いつものことよ。エゾリスさん子ども達は無事に巣立ったようね。」

「はい、お陰様で、ようやく親離れが済んで今は元気に森の中を走り回っていますわ。フクロウさんはこれからですね。」

「ほとんどのカメラマンはマナーを守っているのですが中にはとんでもないカメラマンがいるので気が休まりません。寝ている子どもの目を開かせようと石を投げたりしてね。」

フクロウはため息交じりに言った。

「ひどいことをする人間がいるんですね。」と言いながら、エゾリスがふとベンチの上に目をやるとそこに眼鏡があった。

「おやっ、こんなところに眼鏡が置いてあるわ。どうしたのかしらこの眼鏡…。」

「あっ、それはさっきわたしを一生懸命、双眼鏡で覗いていたケンタという子の眼鏡よ。とてもマナーの良い子でしたよ。『ケンタ』とお父さんが呼んでいたわ。」

エゾリスのお母さんは、ベンチの上から眼鏡をとると顔に掛けた。

「うわーフクロウさん、すごいですよ。この眼鏡…!フクロウさんの子ども達がドンドン大きくなっていく様子が見えますよ。3羽とも元気に巣立ちしていっぱい森の中を飛び回っています。あれっ、私の4匹子ども達もいるわ。まあ、木の周りをグルブル回って追いかけっこをしている。みんなで仲良くあそんでいるわ。」

エゾリスの子ども達はつい最近、親から離れていったばかりだ。エゾリスのお母さんは子ども達の元気な様子に安心した。

「エゾリスさん、とても嬉しそうですね。」、キタキツネのお母さんがエゾリスの声を聞きつけて草の茂みから顔を出した。

「キタキツネのお母さん、今、この眼鏡で巣立った私の子どもの姿を見ているの。そういえば、キタキツネのお母さんの子ども達も最近巣立ちしたばかりですね。」

キタキツネのお母さんは、エゾリスの言葉に悲しい顔になった。キタキツネのお母さんは、子ども達が親離れして強く生きていけるようにと甘える子ギツネに噛みついたり、蹴ったりして無理やり、巣穴から追い出した。

子ギツネは今まで優しかったお母さんの顔を何度も振り返りながらトボトボと巣穴から出ていったのだ。

その時の子ギツネの姿がキタキツネのお母さんの頭の中にいつまでも残っていた。

「私にその眼鏡を貸して!」とキタキツネのお母さんがエゾリスのお母さんから奪い取るようにして眼鏡をかけた。

「子ギツネ達が元気に走っているわ。みんなたくましくなってお父さんギツネにそっくりだわ!」

眼鏡をかけたお母さんギツネの顔が悲しい顔から優しい顔に変わっていった。

「子ども達が独り立ちできてうれしいわ。この子たちが生まれた時にたくさんのカメラマンが巣穴にやってきて、とても迷惑だったわ。カメラを構えた人間が子ども達に近づいてくるので前に立ちふさがったら、キツネに襲われたって、大騒ぎして…」

キタキツネの話を聞いてフクロウはため息交じりに言った。

「みんなカメラマンには苦労させられているのね。おやっさっき眼鏡を忘れた人間の子どもがやってくるよ。確か健太くんと言ったかな。そうだ、キタキツネさん、その眼鏡を私に渡しておくれ。私たちの思いを健太くんに伝えて眼鏡を戻すわ。」

フクロウのお母さんは、眼鏡をかけて木のほこらにもどり、エゾリスのお母さんとキタキツネのお母さんは森の茂みの中に消えた。

フクロウのヒナに出会って興奮冷めやらぬ健太が眼鏡を忘れてきたことに気づいたのは森林公園の出口まで来た時だった。

「お父さん、大変だ。フクロウの木の下に眼鏡を忘れてきた。僕、取ってくるよ。」

「一緒に行くか」と心配するお父さんに健太は「一人で大丈夫、」と返事をすると、来た道を戻った。フクロウの木に着いた健太が眼鏡を置いたベンチの周りを探したがどこにも見当たらない。

「眼鏡がないぞ。変だなあ。」と健太がぐるっと辺りを見回すと目の前の木の枝にフクロウがとまっていた。

「あっ、フクロウだ。眼鏡をかけている。フクロウが僕の眼鏡をかけている。」

ビックリして健太はもう一度目を凝らしてフクロウを見た。

その時、健太の頭の中にフクロウのメッセージが響いた。

『健太くんが忘れていった眼鏡は素晴らしい眼鏡だよ。エゾリスのお母さんとキタキツネのお母さんが巣立った子ども達に会えて喜んでいたよ。健太くんにも森の生き物たちが一生懸命、命を繋いでいる様子を見てほしいな。』

フクロウのかけていた眼鏡がピカッと光を放ち、くるくる回りながら飛んできてストンと健太の顔に収まった。

眼鏡をかけた健大の目の前に太い枝を広げた高い木が現れた。枝を伝って2匹の子リスがそろそろと下に降りてくる。木の下ではお母さんリスが心配そうに見上げている。

やっと高い木から降り立った子リスは一目散にお母さんリスに駆け寄っていく。

エゾリスの親子は連れ立って散策路を渡り、草むらに入っていった。エゾリスとすれ違うようにピョーンと草むらから飛び出して来たのは3匹の子ギツネだ。

子ギツネ達がじゃれあっている様子をキタキツネのお母さんが優しく見守っている。

『ホーホー』と鳴き声が聞こえたので見上げるとフクロウの若鳥が2羽、羽を広げ今にも飛び出そうとしている。朝、健太が初めて見たフクロウのヒナがもう立派な若鳥に成長している。フクロウのお母さんが先に飛び立ち、2羽の若鳥がすぐ後に続いた。

『この眼鏡で見ている世界は、森の動物たちの成長の様子なんだ。』と健太は悟った。

森の中を行き来と動き回る動物たちの様子を健太は初めて見た。

健太はエゾリスの子、キタキツネの子、フクロウの子がどんどん大きく、たくましく成長していく姿を飽きずに見ていたが、突然、後ろから「ケンタ―!」と呼ぶ声がして我に返った。眼鏡をはずして振り返ると心配そうな顔をしたお父さんがいた。

「どうした健太、ボーっと立ったままいつまでも動かないで。何かあったのか。」

健太が周りを見渡すと目の前から動物たちと木の上のフクロウは姿を消していた。

「フクロウさんありがとう。メッセージは僕に届いたよ。」とつぶやいた。
 そして、まだ心配そうな顔をしているお父さんに言った。

「お父さん、眼鏡はあったよ、心配かけてごめんね。また、森に連れてきてね。今日は楽しかったよ。」