聞き耳ヘルメット   作キムドン 

 小学校四年生の健太が通っている学校は、森林公園の近くにあり、「森の生き物」をテーマに環境学習を行っている。

 校庭にはバードテーブルが設置され、四季を通じて子ども達が野鳥の観察をしている。

 健太は校庭のバードテーブルでエサをついばむ鳥たちを観察しているうち野鳥が大好きになった。

 それで自分の家でも野鳥の観察をしようとお父さんに手伝ってもらいバードテーブルを作った。

バードテーブルを庭に設置した次の日から近くの森林公園からスズメ、キジバト、カワラヒワ、シジュウカラなどの野鳥がやってきて健太を驚かせた。

 庭にくる野鳥を観察しているうちに健太はもっとたくさんの鳥たちに会いたくなり休日には森林公園に通うようになった。

 夏休みに入ると森林公園通いに拍車がかかり、毎日のように鳥探しに出かけていく。

 健太は今日もお弁当をリュックにつめ、水筒と双眼鏡を肩から下げると元気よく森林公園に向かった。

 森林公園までは歩いて十五分、朝日が木の葉に反射して目にまぶしかった。

 健太が向かっている森林公園には川、池、沼、湿地があり、四季を通してたくさんの生き物に出会える公園だ。

 健太が森林公園の中に入ると林の中から鳥のさえずりが聞こえてきた。

 「ピーヨ、ピーヨ」の甲高い鳴き声に目を向けると木から木へ飛びまわる鳥が見えた。

 「ヒヨドリだ。元気のいい声を拾えたぞ。」

 パラボラ集音マイクを木の上の鳥に向けて、鳥の声を録音している人の声だ。

 鈴木先生だった。公園で毎日出会い、健太が仲良しになった大学の先生だ。

 鈴木先生は鳥の鳴き声を十年以上も研究している若手の学者だ。

 鈴木先生は鳥のさえずりをスマホに取り込み鳥の鳴き声から鳥の名前を判別するアプリを開発中だ。

 先生と仲良くなった健太は、鈴木先生からたくさんの鳥の名前を教えてもらった。

 「鈴木先生おはようございます。今日も鳥の声を録音していますね。」

 健太は、鈴木先生に声をかけた。

 「やあ、健太くんおはよう。今日は一緒に森を歩こう。健太くんに開発中のアプリの性能を確かめてもらおうと思い待っていたよ。」

 「ええっ、そんなことぼくにできるかな。」

 「木の上から鳥の声が聞こえたら、健太くんは鳥の名前を答えてね。私はパラボラ集音機に入った鳥の声を試作のアプ  リに判別させます。アプリの答えと健大くんの答えが一致するかのテストをします。」

 「僕とアプリが違う答えをしたら?」

 「あはは、その時はどちらが正しいか私が判断します。もしアプリの方が間違っていたら、まだまだ研究を続けなきゃならないね。」

 健太は鳥の鳴き声判別の試験を受けるような気持ちで散策路を歩き始めた。

 木々の梢からいろいろな鳥の声が聞こえてきた。鈴木先生に教えてもらうまでは、鳥のさえずりがどの声も同じように聞こえたが、今ではたくさんの鳥の声を聞き分ける事が出来た。

 耳を澄ませて歩いていた健太に「ツピ、ツピ、ツツピー」と鳴き声が聞こえてきた。

 「あっ、シジュウカラだ。」

 健太が声を上げるとすかさず「正解!」と鈴木さんが言った。

 アプリの表示はシジュウカラとなっていて白い頬と胸から腹に黒い帯のあるシジュウカラの写真が映し出されていた。

 鳥の声にはそれぞれの特徴があるが、その違いを聞き分けて、健太は鳥の名前を次々と当てていった。

 「ツーツーピー、ツーツーピ」と鳴くのはヤマガラ、遠くの方から低い声で「デッテ、ポッポッポー」と聞こえてくるのは キジバト。

 健太とアプリの答えは全部一致した。

 「健太くん、すごいね。アプリの判別と全部一致したよ。おかげで開発中のアプリの性能が確認できたよ。」

 「鳥の声と姿を覚えることできたのは鈴木先生のおかげです。鳥のさえずりを聞いていると楽しいです。でも鳥の言葉がわかるともっと楽しいのに。鳥たちは何のおしゃべりをしているのかなあ」

 鈴木先生は健太の話を面白そうにニコニコ笑いながら聞いていた。

 「図書館で昔話の『聞き耳頭巾』を読んだけど、あんな頭巾があるといいなあ。聞き耳頭巾をかぶった若者は、スズメやカラスのお話を聞いて宝物を見つけたり、お姫様の病気を治したりするんだよ。」

 「あはは、『聞き耳頭巾』か、そんな頭巾があると小鳥たちのおしゃべりが聞きながら、森の中を歩けて楽しいね。」

 「鈴木先生、鳥のさえずりをスマホで判断するアプリはもう完成したんでしょう。今度は鳥の鳴き声を人の言葉にほん訳 するアプリを開発してくださいよ。」

 「実はね、健太くん。鳥の言葉のほん訳機はもう試作品が出来ていて、鳥の大好きな健太くんに是非、試してもらいたいと思って今日、持ってきています。お願いできるかな。」

 健太は鈴木先生の急な話に驚いたが、大喜びで鈴木先生の申し出を受けた。

 「私が一緒にいると健大くんの集中力の妨げになるので一人で実験をお願いします。」

 鈴木先生はそう言うと健太に『聞き耳頭巾』ならぬ『聞き耳ヘルメット』を手渡すと、スタスタと歩き去った。

 鈴木先生があっという間にいなくなったので、あっけにとられていた健太は意を決してヘルメットをかぶり散策路を歩き始めた。

 歩きはじめるとすぐ、木々の間からチチチッと鳥の鳴き声が聞こえた。周りを見渡すと高い木の枝に間に五、六羽の小鳥が留まっている。健太はさっそく話しかけた。

 「こんにちは、僕は健太!みんな集まってきて。みんなとお話したいなあ。」

 健太の言葉はヘルメットの拡声器から『チチチッ、ジジジッ』と林の中に流れていく。

 すると、ひらり、ひらりと健大のそばに小鳥たちが舞い降りてきた。

 「僕の言葉がわかりますか。」と健太が言うと鳥たちが一斉にさえずり始めた。

 健太の耳にヘルメットのイヤホーンを通じて鳥たちの言葉が次から次と入ってきた。

 『わたしあなたことを知っているわ。』

『バードテーブルの食べ物をありがとう。』

 『いつも森にあそびにきているよね。』

『鳥の言葉がわかるのね、すごいわ。』

 健太の頭の中は小鳥たちの言葉でいっぱいになった。

 『このヘルメットをかぶると鳥たちと心が通じるのかな。』と健太が思った途端、鳥たちから答えが返ってきた。

 『鳥好きの健太くんの波長に私たちの波長がぴったりリンクして言葉が通じたのよ。』

 『そうよ、私たちは健太くんの心の言葉を聞いているのよ。健大くんも私たちの心の言葉を聞いてね。』

 小鳥たちは矢継ぎ早に次から次へと健大に話しかけてきた。

 『さあ、森の中の鳥の世界に案内するわ。』

『人間の知らないヒミツの場所よ。』

 『森一番大きな栗の木の上にね…』

『しっ、まだ言っちゃあ、だめよ。』

 小鳥たちは健太の周りを飛び交い、にぎやかにおしゃべりをしながら飛んでいく。

 小鳥たちの後を追っていた健太の心はうきうきして空を飛ぶような気持になっていた。
 ふと気が付くと本当に飛んでいた。

鳥のさえずりが聞こえる森の中を翼のある鳥になって飛んでいるのだ。

 健太の目の前に大きな栗の木が現れた。木の頂に緑に輝く光の輪があった。

健太の耳に『ここが鳥の世界の入り口よ』と鳥の声が響いた。

鳥になった健太はわくわくしながら、緑の光の輪に飛び込んでいった。

                                  ☆彡


『聞き耳ヘルメット』をかぶった健大が森林公園の入り口で待っていた鈴木先生のところに息せき切ってもどってきた。

「鈴木先生、鳥たちとたくさん話をする事が出来ました。鳥の世界にも案内してもらいました。鳥の世界は宝石のように美しい世界でした。でも、生きるためにとても厳しい世界でした。木の上でさえずり、気楽で楽しそうにしてると思っていた鳥たちが毎日をいろいろ苦労していることも知りました。」

健太は、鳥の世界を訪れた興奮が冷めやらず目を輝かせて鈴木先生に見たこと、聞いたことを話し続けた。

鈴木先生は健太の話を笑顔で聞いていた。

そしてようやく落ち着いた健太に言った。

「実はね健太くん、僕も子どもの頃、鳥の世界を垣間見たことがあった。森の中で道に迷って偶然に鳥の世界に迷い込んだ。その時見た美しい鳥の世界がいつまでも忘れられなくてね、鳥の研究に進むようになったんだ。」

「へえーっ、そうだったんですか。僕は今日のことを夏休みの自由研究で発表しよう思っています。鈴木先生、『聞き耳ヘルメット』のことも話していいですか。」

  「全然、かまわないよ。開発しているには事実だからね。鳥になって空を飛んだ話は、信じてもらえるかな。私は『聞き耳ヘルメット』が鳥たちの思いを増幅したため、健太くんの心の中で起きた出来事だと思うけど。でも健太くんの話をありのまま話すといいよ。健太くんのお話しを聞いたお友達はみんな鳥の世界に興味を持ってくれると思いますよ。健太くんは鳥の言葉がわかる鳥博士だ。頑張ってね!」

「鈴木先生、ありがとうございます。僕、たくさんのお友達に鳥の世界をわかってもらうため頑張ります。」

健太は森林公園を振り返ると大きな声で林の中の鳥たちに呼びかけた。

「明日も来るから、またお話聞かせてね!」