山の子リス  作 キムドン

                 



そこは、深い森の中、一本の太い木のほこらにリスの親子がすんでいました。

秋も終わりに近づいたある日のこと、子リスはほこらでひとり、るすばんをしていました。

お母さんリスがそとへクルミをさがしにいったからです。

そとは、つめたい風がピュ−ピューふいて、とてもさむそうです。

「お母さん、おそいなあ、クルミがみつからないのかなあ。」

子リスは、心配になってきて、そうつぶやきました。

お母さんリスが、なかなか帰ってこないのです。



風がますます強くなって、木はざわざわとうなっています。

「お母さん、そとで寒いだろうな。クルミは、まだ見つからないのかなあ。」

夕日が、どんよりとした冬の空を暗いミカン色から紫色に染めながら沈んで行きます。

しばらくすると、あたりはすっかり暗くなりました。

それでもお母さんリスは、もどってきません。

「どうしたんだろう、おかあさん……。クルミを食べたいなんていわなきゃよかったなあ。

きっと、どこにもなくてこまっているんだ」

 子リスは、お母さんリスに無理なおねがいをしたことがくやまれてなりません。

 「お母さんをさがしにいこうかなあ。」



 子リスは、木のほこらから顔をだすとあたりをみまわしました。夜の森は、たいそうきみ悪く、

木は、ざわざわとゆれ、風がピュ−ピュ−ふきぬけていきます。

 「風さん、風さん、僕のお母さんをみなかった。」

 子リスは、小さな身体を寒そうにふるわせて北風にききました。

 「お前のお母さん、ふん。」

 北風は、ヒュ−ッとおこったような音をたてていいました。

 「そんなこと、わしが知るものか。自分でさがしにいったらいいだろう。」

 北風は、子リスのほほにビシャッとつめたい風をたたきつけるといってしまいました。



 あたりはまっくらやみ、木はざわざわとうなり、とてもおそろしくて子リスは、ほこらから

出て行くことはできません。

 その時、北風にとばされた木の葉が一枚、子リスのいるほこらにまいこんできました。

 「おお、寒い、ブルブル、今夜あたり雪がふりそうだなあ。」

 木の葉の顔は、すっかり色あせて赤茶けていました。

 「ああ、わしももうおしまいだなあ。今夜はここにとめてもらうよ」

 「いいですよ、木の葉さん。ゆっくりしてらっしゃい。」

 そういうと子リスは、また、心配そうに外のようすをうかがいました。

 「どうかしたのかね。なにか気になることでもあるのかね。」

 「うん、お母さんが帰ってこないんだ。ぼくがクルミをねだったばかりに……。」

 子リスは、悲しくなりました。話をしているうちに、おおつぶのなみだがポロポロと

ながれてきました。



 「それはかわいそうだなあ。でもクルミをねだるなんてむりな話だ。今年は木の実がすくなかったし、

それに、もう冬だからなあ……。そうだ。」

 木の葉は、ふと思い出していいました。

「もしかすると、きみのお母さん、ひたいに黒いはんてんがなかったかい。」

 「うん、あるよ。それはぼくにもあるよ。」

 子リスは、木の葉にひたいの黒いはんてんをみせました。

「そう、それとおなじだったよ。すると、あのときのリスは、きみのおかあさんだったのか。」

 「木の葉さんは、ぼくのお母さんがどこにいるのか知ってるんだね。」

 子リスは、お母さんのことがわかって大喜びです。うれしくて目がキラキラとかがやいています。

 「わしのいた木の下でいっしょうけんめい、クルミをさがしていたよ。かれはにうまっている」

クルミをひとつひとつとりだしては、どろをおとしていたっけ。だが、みんなくさっていたようだった。

わしは、そのがっかりしたようすがとてもきになってみていたんだが。」

 「それで、それでどうしたの。」

 子リスは、あわててききました。

 「それで……。また、トボトボとあるいていったよ。それからすぐ、わしは北風のやつにふきとばされて

しまったから、そのあとのことは知らないがね。」



 子リスは、そこまできくともう外にとびだしていました。

 「木の葉さん、ぼく、おかあさんをさがしにいくよ。」

 木の葉は、子リスをとめようとしましたが、子リスはあっという間に暗い森の中にきえていました。

 冷たい風がヒューヒュー吹き荒れ、木はザワザワとゆれています。

 木の葉は、ほこらのおくに身をちぢめるとためいきまじりにいいました。

 「おお、寒い。今夜は雪がふるかもしれない。子リス君、一人でだいじょうぶかなあ。」



                      2

もう何時間、歩いたことでしょう。どこにも、お母さんリスは見当たりません。

子リスは、何度も北風に吹き飛されそうになりました。

けれど、歯を食いしばってずんずんあるきつづけました。

「お母さん、どこへいったのかなあ。ほこらに帰ったちのかなあ。」

子リスの手足は、もうさっきからこごえて感覚がありません。でも、子リスはあるきつづけました。

その時、ひとひら白いものが子リスの目にはいりました。

「あっ、雪だ。ゆきがふってきた。」

子リスは、立ち上がり空を見上げました。真っ暗な空からわいてくるように白い雪がまいおりてきます。



子リスは、キラキラ光り踊っている雪にききました。

「雪さん、雪さん。僕のお母さんがどこにいるのかしらないかい。」

雪は、ヒュ−ッと風にふかれ舞い上がると冷たい声でいいました。

「わしの仕事は、地上のみにくいものをこの白いベ−ルでおおいかくすこと。それから、この森に

 まよいこんできたいきものをとらえて凍らせることよ。」

雪は、そういうやいなや白い冷たい手を大きく広げ、子リスにおそいかかってきました。

そして、子リスをおさえつけると氷の糸で地面にしばりつけてしまいました。

子リスは、びっくりしました。あんなに楽しそうにに踊っていた雪がこんなおそろしいことを

 するなんておもってもみなかったからです。



  「さあ、おねむり。この白いゆきにうずまっておねむり。」

  雪は、凍るような冷たい声でそういい放つと、さあ−っと空たかくまいあがりました。

  と同時に、今まで静かにまいおりていた雪がグルグルとうずをまきはじめ、それがしだいに大きく

広がってゆき、やがて、森中あれくるうおおふぶきとなりました。

  子リスは、おそってくるねむけをはらいのけることはできません。

  ふぶきは、ますますふきあれ、かれ葉をけちらし、森の木をへしおっていきます。

  子リスの小さなからだにどんどん雪がふりつもってきます。

  いっしょうけんめい眠るまいとがんばっていた子リスもとうとう雪の中にかおをうずめ深い

ねむりにおちてしまいました。


                     3

  ふと気がつくと、子リスはなにか白いボ−ッと光るものの前に立っていまいた。

  もうなん時間も前からそうしていたような気もするし、ほんの少し前からのような気もします。

  子リスは、その白い光をお母さんだと思いました。どうしてそう思ったのか、それは子リスにも

 わかりません。でも、白く光るものはたしかに、お母さんなのです。

  「お母さん、いままでどこへいっていたんだよう。長い間、ぼくをひとりっきりにして、

ひどいじゃないか。」

  子リスは、白い光をせめつづけていました。

  「クルミは、もってきてくれた……。ちぇッ、あんなにやくそくしたのに。

お母さんなんか大きらいだ。」

  子リスは、ぷいッとふくれて、そっぽをむきました。

  でも、子リスは自分がどんなに無理なことをいっているのか、わかっていました。

  そして、それをしょうちで、お母さんをせめる自分にはらをたてていました。

  けれども、口をついて出ることばは、お母さんにつらくあたることばばかりでした。

  「白く光るものは、だまったままでした。

ただ、じっと子リスを見つめていました。

正確にいうと、その白いものには目などありません。

しかし、子リスにはかなしい目で見つめられているような気がします。

子リスは、たまらなくなっていいました。

「どうしてだまっているの、お母さん。」

白く光るものは、子リスを見つめるだけで、なにもいいません。子リスは、やりきれない

気持ちでいっぱいです。

「お母さん、ごめんなさい。」

子リスは、そういうと白く光るものにとびついていきました。

すると、それはふっと、消えてしまいました。



                  4

そのとたん、子リスは顔に冷たいものを感じて目がさめました。

先ほど木のほこらにやってきた木の葉さんでした。

うっすらと白い雪をかぶり、しんぱいそうに子リスの顔をのぞきこんでいます。

「子リス君、だいじょうぶかい。こんなことだろうとおもってやってきたんだよ。

さあ、おきるんだ。こごえしんじゃうよ。」

「あっ、木の葉さんか。ぼく、いまお母さんにあったよ。でも、おかあさん、だまってなにも

 いわないんだ。なんにも……。」

  子リスのつぶらなひとみは、なみだでいっぱいです。

  「子リス君、ゆめだよ。ゆめをみたんだよ。」

  「ゆめ……。そうかぁ、いつのまにかねてしまったんだなあ。」

  からだがすっかり冷え切っています。木の葉さんにおこされなければ死んでしまうところでした。

子リスは、やっとのことでおきあがると雪をはらいおとしました。

「木の葉さん、ぼくのお母さん、ほこらにもどっていましたか。」

「いいや、わしが北風に追われてほこらを出たときは、子リス君のお母さんはまだ、かえって

 なかったよ。」

  木の葉は、暗い顔で気の毒そうにいいました。

  「そう、お母さん、どこへいったのかなあ。」

  子リスは、がっかりしました。そして、また、よろよろとあるきだしました。

  「木の葉さん、さようなら、ぼくは、もうすこしお母さんをさがしてみるよ。」

  木の葉は、だまって子リスをみおくりました。「さよなら」もいえないほど,木の葉はよわって

 いたのです。」

  子リスの姿が小さく、木々の間に見えなくなるころ、木の葉は、しずかに息絶えていました。

  雪は、ますますはげしくふりつづけ、今は風にのることもなくなった木の葉は、そのまま

 雪にうもれていきました。


                   5

  ひとばん中、吹きあれていた雪も今はやみ、森には静かな朝がやってきました。

  朝日にてらされた雪が白くちかちかと光をはなっています。

  子リスは木の枝にぺったりこしをおろし、まぶしそうな目でじっと遠くの方を

 見つめています。子リスは、ひとばん中、森の中をあるきつづけすっかりつかれていましたが、

 なぜかその目は、うれしそうにかがやいています。

  『お母さんだ。お母さんがやってくる。ずっと向こうのほうからお母さんがやってくる。』

  子リスには、それがはっきり感じられました。



  子リスは、夢の中でポッとひかるものをお母さんだと思いました。

  その時と同じようになぜかわかりませんが、お母さんがやってくると信じていました。

  むかえにいこうと思っても疲れきった子リスの身体は動きません。

  子リスはまちつづけました。

  真っ青にはれわたった空、日がだんだんのぼっていきます。

  ふと、子リスの目にぽつんと黒い点がうつりました。

  その黒い点はずっと遠くの林の間からあらわれ、だんだん大きくなり、子リスの方へ

ちかづいてきます。

 「お母さんだ。お母さ−ん。」

 子リスは、夢中でかけだしていました。黒いかげがはっきりしてきました。

 「お母さ−ん。」

 子リスは、もう一度大きな声でさけびました。その声に、黒いかげが顔をあげました。



 お母さんリスでした。やっぱり、子リスの思ったとおりお母さんリスでした。

 子リスは、お母さんリスの胸の中に飛び込んでいきました。

 お母さんリスは立ち止まると、かけてくる子リスをしっかりとだきとめました。

 「お母さん、ごめんなさい………。」

子リスは、そのあとはなんにもいえず、じっとお母さんリスをみあげました。

「子リスちゃん、お母さんこそごめんね。いっしょうけんめいさがしたんだけど、これしか

 なかったの。」

  お母さんリスは、かじかんだ手にしっかりにぎっていたクルミ一つ、子リスの小さな手に

 にぎらせました。



  その時、子リスはお母さんの目が夢に見た白い光の悲しい目と同じなのに気づきました。

  お母さんリスは、すっかりやつれ、だまって子リスの顔を見つめています。

  「お母さん、ありがとう。ほんとうにありがとう。このクルミ、お母さんといっしょに

 たべよう。ねえ、お母さんもたべるんだよ。ぜったいだよ。」

  子リスは、クルミをだいじそうに胸にかかえてお母さんにいいました。

お母さんリスはだまって子リスのあたまをやさしくなぜると、手をとりました。

子リスは、お母さんリスの目から、悲しい色が消えたのを知りました。

  「さあ、お家にかえりましょう。」

  「うん。」

  子リスとお母さんは、にっこり笑って顔を見合わすと、げんきに歩き始めました。

  今はもう、日が高くあがっています。

  明るい日の光を背にうけながら、リスの親子はほこらに帰って行きました。

  真っ白い雪の上に、リスの親子のあしあとがなかよくならんで続いて行きました。

                                   おわり。