タイムボックスのヒミツ
作 キムドン
ゆめみ野幼稚園の一日は朝の自由遊びから始まる。子ども達はホールや保育室で思い思いの遊びに夢中だ。
あちらこちらで「いれて!」「いいよ!」の声が飛び交い、遊びの輪が広がっている。
園長先生がホールに顔を出し、子ども達に『おはよう!』と声をかけた。
園長先生の姿を見つけた子ども達が駆け寄ってくる。
「園長先生、おはようございます。園長先生、今度はいつマジック見せてくれるの。」
園長先生は幼稚園の行事がある度にマジックを子ども達に見せて喜ばせていた。
「明日、お誕生会があるから、マジックショーをやるよ。楽しみにしてね。」
「わーい。明日はマジックショーだ!」と子ども達は大喜び。
その時、うさぎ組から激しく言い争う声が聞こえてきた。
「おや、どうしたのかな。」
園長先生がうさぎ組をのぞくといつもは仲の良いけんたとあかねが喧嘩をしている。
「自分の家から勝手に人形を持ってきたら、だめだぞ。」
「お母さんの大切な人形なの。返して。」
けんたがあかねの抱いている人形を取り上げようと人形の足を引っ張っている。
園長先生が『待て、待て』と慌てて二人に駆け寄った。
その時、『ビリッ』と音がして人形の足がちぎれてしまった。
ちぎれた人形の足をけんたはおろおろしながらあかねに差し出した。
それを見て、あかねが大声で泣き出した。
あかねの泣き声を聞き、子ども達がうさぎ組に集まってきた。
「もう心配ないよ、二人の喧嘩は終わったから、みんなはもどってね。」
園長先生は子ども達にそう言うとあかねとけんたを園長室に連れて行った。
「あかねちゃんが幼稚園のやくそくを破ったのはいけないことだけど、人形を乱暴に取り上げたけんたくんは、もっといけないな。あかねちゃんが人形を持ってきた理由を聞いて、けんたくんはどう思う?あかねちゃんの気持ちがわかると思うけど…。」
園長先生の話を聞いてけんたはうなずいた。
けんたの目からは大粒の涙がこぼれている。
「あかねちゃん、ごめんね。人形の足をちぎってしまって。」
「いいよ。」とけんたに返事をしたあかねの目にも大粒の涙が光っていた。
あかねのお母さんは、自転車の転倒事故で足を骨折して、一週間前から病院に入院している。
「寂しくなったらこの人形をお母さんと思って頑張ってね。」とお母さん人形をあかねに置いていったのだ。
あかねは毎朝、『今日も頑張るね。』とお母さん人形に声をかけて登園していた。
でも今日は、つい寂しくて人形を抱いたまま登園したのだった。あかねの話を聞いてけんたは本当に申し訳ないことをしたと思った。
けんたは、園長先生の話を聞きながら人形の足を直す方法を一生懸命考えていた。
「あっ、そうだ!園長先生!あかねちゃんの人形の足を明日のマジックで直してよ。」
けんたは、園長先生にお願いした。
「えっ、園長先生のマジックで人形の足が直るの。」
あかねは目を輝かせ、園長先生の顔を見た。
「園長先生のマジックはすごいから、きっとできるよ。」とけんたが自信たっぷりにあかねに言った。
それを聞いて、園長先生は苦笑いをしていたが、「よーし、わかった。」と力強く返事をした。
そして、机の下から黒いボックスを取り出して言った。
「これはマジックの箱じゃないよ。タイムボックスといって、時間の流れを巻き戻す不思議な箱だ。
タイムボックスに壊れたものを入れると元通りになる。」
「へえー、すごい!」と二人は驚いて顔を見合わせた。
「お母さん人形とちぎれた足をタイムボックスに入れるよ。ふたをして封印の紙を張ります。
この封印の紙に二人のサインを書いてね。明日のマジックショーでタイムボックスを開けます。
お母さん人形の足は、きっと元通りになっています。」
大喜びのあかねとけんたが笑顔で園長室を出て行った後、園長先生はマジックボックスをじっと見つめながら何かを考えていた。
次の日、ホールで誕生会が開かれた。
誕生月の子ども達がポンポンのアーチをくぐりホールに入場、ステージの上で元気良く自己紹介すると、
ホールのお友達から『おめでとう』と大きな拍手が贈られた。
誕生月の子ども達は園長先生から一人一人誕生カードのプレゼントをいただき笑顔でステージを降りていった。
そしていよいよ、子ども達が楽しみにしていた園長先生のマジックショーが始まった。
何もないハンカチから、色とりどりの花が現れるマジック。
ハンドパワーでコップの中の水が紙吹雪になるマジック。
手にしたステッキが一回転すると一瞬で色鮮やかなパラソルに変わるマジック。
園長先生が演じる一つ一つのマジックに子ども達から「何で、どうして、すごーい。」と驚きの声があがった。
「それでは、今日最後のマジックです。」と園長先生が厳かな声で言った。
ホールの子ども達は一斉に口を閉じて、ステージの園長先生に注目した。
園長先生がおもむろにテーブルの上に置いたのは黒いボックス。
「ここに置いたのはタイムボックスです。このタイムボックスは時間の流れを巻き戻すタイムマシーンです。
タイムボックスに壊れたものを入れると元の姿に戻してくれます。」
「えーっ、うそー」
子ども達は目を丸くしてタイムボックスを見た。
「うさぎ組のあかねちゃんとけんたくん、ステージにあがってきてください。
昨日の朝、大喧嘩した二人のことをみなさんは覚えていますね。」
園長先生が笑顔で二人を紹介すると、ホールは子ども達の笑い声に包まれた。
「タイムボックスの中に、あかねちゃんの人形が入っています。けんたくんに足を引きちぎられた人形です。」
園長先生の話を聞いてあかねが隣に立っているけんたをぶつマネをした。
その時、けんたが舌を出し『ごめんなさい』と頭を下げたので、子ども達から大きな笑い声が起きた。
「さて、二人はもう仲直りをしているので、皆さんは安心してください。昨日、二人が壊れた人形をタイムボックスの中に納めました。勝手に人形を取り出せないようにふたには、封印の紙をはりました。
封印の紙には二人のサインがあります。それではこれからこの封印を破ってもらいます。」
ホールの子ども達は封印を破るあけみとけんたの様子を真剣に見つめている。
園長先生が封印を解いたタイムボックスのふたを外して横に置いた。
そして、タイムボックスの中の人形を取り出すと両手で高く掲げてホールの子ども達に見せた。
人形には、ちぎれた足が元通りにしっかりとついていた。
「わあー」というどよめきの声と大きな拍手がホールに響き渡った。
大歓声の中、園長先生のマジックショーは終了した。
ほっとした顔で園長室にもどった園長先生がマジック道具を片付けていると人形を抱いたあかねがやってきた。
「園長先生、人形を直してくれてありがとうございます。けんたくんも喜んでいました。
『園長先生に頼んだのは、僕だよ。』とみんなに自慢して歩いていますよ。」
続いてあかねは満面の笑顔で言った。
「園長先生!園長先生はお母さんのお見舞いに行ってくれてありがとうございます。」
「ええっ!どうしてわかったの」
「人形のエプロンの裏にお母さんの手紙がぬいつけてありました。」
「えーっ、それには園長先生は気がつかなかったな。」
「手紙に『園長先生からお人形のお話を聞きました。お母さんが退院するまで、頑張って待っていてね。
お母さんも頑張るよ。』と書いてありました。」
「そうかあ、実はあかねちゃんの人形を直してくれたのは、あかねちゃんのお母さんだよ。
病院で一生懸命、ちぎれた足を縫い付けてくれた。今日のマジックはお母さんのお陰で大成功だったよ。」
「園長先生のマジック、すごかったです。今日、お母さんのお見舞いに行くのでお母さんのおかげで大成功だったと伝えます。お母さんもきっと大喜びだと思います。でも、やっぱり不思議です。
園長先生のマジックの仕掛けがどうしてもわからないです。」
「おやっ、なんだろう。」と園長先生。
「けんたくんと二人で封印したタイムボックスから、どうやって人形を取り出せたのですか。本当に不思議です。」
園長先生はニッコリ笑うと、あかねの目の前にタイムボックスを置いた。
そして、あかねをやさしく見つめて言った。
「これは、園長先生とあかねちゃんのヒミツだよ。」
園長先生は、タイムボックスを持ち上げてゆっくりとひっくり返した。
タイムボックスには底がなかった。