誕生日のお使い  作 キムドン 


 「怜花、お買い物に行ってきて」

 台所で洗い物をしていたお母さんが怜花ちゃんに声を掛けました。

 「えっ、怜花が一人で行くの。お母さんはいかないの。」  
 「そうよ、怜花はもう今日で5才になるんだから、なんでも一人でできるようにならなきゃね。怜花が大好きな玉子サンドイッチをたくさん作るから、食パンとロースハムと玉子をお願いね。」

 怜花は、誕生日のご馳走をつくるためと言われると「はーい」としぶしぶ返事をして、買い物袋とお財布を持って立ち上がりました。玄関を出ると目の前に看板が立っています。
 「あれっ、こんなところに看板…」

 怜花は看板を見上げました。看板には大きな赤い矢印が書いてあり、その下に「玉子サンドのお買い物はこちらです!」の文字がでかでかと書いてあります。

 怜花の家は丘の上にあり、お母さんがいつも買い物をするお店は丘の下にあります。
 でも、赤い矢印は丘から山へ向かう坂道をさしています。
 「お母さーん」と怜花は、大きな声でお母さんを呼びました。
 看板を見たお母さんは、怜花に言いました。
 「坂の上に新しいお店ができたかもしれないね。お母さんがここで見ているから、怜花、行って見てごらん。この坂道は、いつも散歩している道だから大じょうぶだよ。」
 怜花ちゃんは、お母さんが玄関先で見送ってくれるので、坂道を登って新しいお店に行って見ることにしました。
 いつもはお父さんと一緒に散歩している坂道を今日は初めて一人で登っていきます。
 しばらく歩いて、後ろを振り返るとおうちの前にいるお母さんが怜花ちゃんに手を振っています。
 丘の下に扇のように広がった町並みがとても小さく見えます。

  その小さな町並みを見て、怜花ちゃんは自分がとても大きくなったような気持ちになりました。  
 はじめは、恐る恐る登っていた坂道でしたが、青い空、白い雲を見上げて歩いているうちに足取りがだんだん軽くなってきました。

 怜花はやっと長い坂道を登り切りました。
 坂の上には原っぱが広がっていて、一面に黄色いタンポポが咲いています

原っぱの真ん中に、赤い矢印の書いた看板が立っています。
看板の矢印は山の麓の林を指していて、看板には「タンポポの花と小川のガラス玉を持ってきてね。」と書いてあります。

 この坂の上の原っぱは、怜花ちゃんがいつもお父さんと一緒に散歩に来る原っぱです。
 お父さんと一緒でないと散歩が出来なかった怜花ちゃんが、今日は一人でも平気です。

 怜花ちゃんはタンポポの花を買い物袋にいっぱい摘みとると林に向かって歩き始めました。

林の手前にメダカが泳いでいる小川が流れています。
 小川の底には、きれいなガラス玉がきらきと輝いています。
 怜花ちゃんは、色とりどりのガラス玉を買い物袋にたくさん拾いました。

重くなった買い物袋を下げて林につくと、また、赤い矢印の看板が立っています。

看板には「林の奥のログハウスにきてくださいね。」と書いてあります。
 林の中は薄暗く、昨日までの怜花はしり込みをして、きっと前には進めなかったでしょう
でも、丘の上まで一人で登ってきた怜花は、今日は大丈夫です。

林の奥のログハウスにつくと、家の前に大きなテーブルとイスが置いてあり、テーブルには、食パン、ロースハム、玉子、アボカド、レタスに牛乳とマヨネーズ、それに花びんと金魚ばちがのっています。
 「わあー、玉子サンドの材料がみんなそろってる。」
 怜花は、びっくりしてテーブルに駆け寄りました。
 テーブルに「お値段は、たんぽぽの花と一束とガラス玉」と書いた紙が貼ってありました。

怜花は買い物袋からタンポポの花を出して、テーブルの上の花瓶に入れました。

そして、ガラス玉はメダカが泳いでいる小さな金魚ばちに入れました。

それから、「なかへどうぞ。」と張り紙がしているログハウスの扉の前に立ちました。
 怜花は、大きく深呼吸をすると、勇気を出してログハウスの扉を開けました。

  そのとたん「パーン」とクラッカーの音がして、「ハッピーバースディ」の大きな声。
 ログハウスの中には、朝から姿が見えなかったお父さんと怜花に買い物を頼んだお母さんが笑顔で両手を広げていました。
 怜花のたった一人の買い物はお母さんとお父さんが計画した誕生日のプレゼントだったのです。

「怜花、丘の上にのぼってきてすごいね。さあ、怜花の誕生パーティーをはじめるよ」とお父さんとお母さんが怜花ちゃんをかわるがわる抱きしめて言いました。
 ログハウスの前のテーブルにはあたたかな春の日差しが注いでいます。
 その光を浴びながら、怜花が大好きな玉子サンドイッチをたくさん、たくさん作りました。
 そして、お父さんとお母さんと一緒におなかいっぱい、おいしく、おいしくいただきました。