マジック花の月見草 作 キムドン

 
「憲ちゃんは、夏休みの自由研究のテーマを何にするか、もう決まっているの。」

 凛子は終業式の帰り道、隣を歩いている憲仁朗に聞いた。凛子と憲仁朗はゆめみ野小学校の三年生で同じクラスの仲良しだ。

 「おばあちゃんが、庭にたくさんの花が咲いてるから、『花の名前を調べてたら』と勧めるけど、きっと花壇の水やりや草取りを僕にやらせようとしているんだ。」

 「憲ちゃんの庭には、珍しい花があるの。」

 「うん、ちょっと気になる花があるよ。」

 「へえーっ、どんな花。自由研究のテーマになりそうな花?」

 「その花はね。夕方に真っ白な花を咲かせるんだけど、朝になるとピンク色に変わっているんだ。」

 「マジックの花だね。その花のこと一緒に調べようよ。先生は共同研究でもいいって言ってたよ。」

 凛子は憲仁朗の言った色が変わる花に興味がわいてきた。憲仁朗も凛子の『共同』の言葉に心が動いた。

 『凛子は、絵を描いたり、文をまとめるのが僕よりずっと上手だ。凛子と一緒にやったら、助けてもらえるな』と憲仁朗は思った。

 絵や作文が苦手な憲仁朗は一年生のアサガオ絵日記や二年生のヒマワリ観察日記で散々苦労したのだ。

 憲仁朗は、本心とは違う迷惑そうな顔を凛子に見せていった。

 「凛子がいいなら、僕は構わないよ。早速、今日の夕方にその花を見に来てよ。」

 夕ご飯を済ませた凛子がお母さんに送られて憲仁朗の家にやってきた。

 「ご迷惑だなんてとんでもない。おばあちゃんが憲仁朗に勧めた自由研究みたいで、とっても喜んでいます。おばあちゃんも一緒に花の観察しますのでご安心ください。」

 お母さん同士で長い話がはじまったので、憲仁朗と凛子は庭の花壇に向かった。

 色とりどり花が咲いている花壇で憲仁朗のおばあちゃんが待っていた。

 「凛子ちゃんのおかげで憲ちゃんがお花に興味を持ってくれてうれしいわ。さあ、これが観察する花ですよ。この花は、夕方にならないと花が開かないの。ちょうど今、つぼみが緩んできたところよ。」

 おばあちゃんが指さした場所に十数本の背丈が三十センチメートルくらいの花があった。

 ギザギザの葉の間から細長く茎が伸びて、茎の先の緑色のつぼみが開き始めていた。

  憲仁朗と凛子は花の前にしゃがみこむと開き始めた花の観察を始めた。
 花をのぞき込んだ二人の頭がくっついて憲仁朗の胸がドキッと高鳴った。
 でも、凛子は何とも思わない様子で頬が赤らんだ憲仁朗に聞いた。

 「憲ちゃん、花が開き始めたね。この花の名前はなんていうの。」

 「ええっ?なんていう花だっけ。」と憲仁朗はあわてておばあちゃんの顔を見た。

 「あらあら、憲ちゃんは花の名前もわからずに、凛子ちゃんを観察に誘ったのね。あきれたわ。この花の名前は月見草。一夜花で月が現れる時間に咲くから月見草というのよ。全部の花が開くまで時間がかかるから、花が開くまで月見草の昔話をしてあげるわ。月見草の昔話を調べること自由研究にしたらどうかしら。」

 憲仁朗と凛子は、庭の芝生に置いてあるベンチに移動しておばあちゃんから 新潟県に伝わる『月見草の嫁』というお話を聞いた。

 いい声で歌う馬子に恋をした月見草の精が馬子の嫁になるが、馬子が馬草を刈った時、月見草を一緒に刈り取った事で娘の命も尽きるというお話だ。
命を絶たれ消えていく月見草の最後の言葉をおばあさんが二人に切なく語った。
 『毎朝、あなたの働く姿を見ているうちに、あなたの嫁になりたいと思いました。そしてその思いがかなって、今日までとても幸せでした。でも、あなたに刈られてしまったので、私の命もこれまでです。短い間でしたけれど、優しくして下さってありがとう。

 凛子は、おばあちゃんのお話を聞きながら涙を流していた。憲仁朗も涙をこらえ、目をしばたいている。

 「おや、おや、二人を泣かせちゃったね。お話をしているうちに月見草の花が開いたようよ。さあ、涙を拭いて月見草を見にいきましょう。」

 日が落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。おばあちゃんが懐中電灯で月見草を照らしてくれた。
 花が開いたばかりの時はしわしわだった四枚の花びらが、今はぴんと張りつめた純白の薄い和紙のように見える。
 花の中心には黄金色のしべが長く伸び、風に揺れている。

 二人が月見草の花に見とれているとおばあちゃんが言った。

 「驚くのはこれからよ。月見草のマジックがこれから始まるわ。ほら、花弁を見て。」 

 懐中電灯の光の輪の中で、月見草の白い花がピンク色に変わり始めた。

 「えっ、すごい、花の色が変わっていく。」

凛子が思わず声を上げる。

 憲仁朗も目を皿のようにして、花を見つめている。

 最初は薄かったピンク色がだんだん濃くなり、やがて、花の色が赤紫色になっていく。

 不思議が光景に二人は驚いて声も出ない。


 『さあ、月見草の観察は今日はこれまで。

明日の朝、また見てみましょう。もう遅いから、家に入りましょう。」

 憲仁朗のおばあちゃんに促され二人は家の中に入った。

 「明日の朝、月見草の観察の続きがあるよ。早起きするから、もうねなさいよ。」

 凛子は布団に入っても興奮が冷めやらず、しばらく寝付かれなかったがやがて眠りに落ち、凛子は夢を見た。

 夕闇の中に月見草の白い花が浮かんでいる。満月の光が月見草を照らすといつのまにか月見草は純白のドレスの舞姫に変わっていた。

 花の精は純白のスカートのすそをくるりと回転させるとふわりと空中に舞い上がった。
 そして、月の光のスポットライトを浴びながら美しい姿で踊り始めた。

 花の精が体を回しながら躍り続けるうち、純白のドレスの色が次第にピンク色に変わっていく。 

 花の精の踊りの回転がだんだんに激し差を増し、クライマックスに達した時、月の光が虹色の光を放ち、花の精は満月の光の中に吸い込まれていった。

 あまりにも幻想的な光景に凛子は思わず、『うわー、きれい!』と声を上げた。

 その時、『りんちゃん、りんちゃんと呼ぶ憲仁朗の声が空の上から聞こえ、見上げると満月が憲仁朗の顔に変わっている。

 『えっ、何?』と思ったとたん凛子は揺り起こされた。目の前に憲仁朗の顔があった。

 「りんちゃん、朝だよ。さあ起きて、月見草の観察をしなきゃ。」

 凛子と憲仁朗はおばあちゃんと一緒に寝ぼけ眼のまま、花壇に向かった。

 昨夜は、ぴんと羽を広げたような元気のよい白い花がすっかり萎れてピンク花弁を折りたたんでいた。

 『一晩中踊っていたから、きっと疲れ果てたのね』と凛子は思った。

 「けんちゃんのおばあちゃん、凛子は月見草の花が大好きになったわ。憲ちゃんと二人でもっともっと調べてみるわ。それから、月見草の楽しいお話を探してみる。」

 おばあちゃんは、凛子の話をうれしそうに笑顔で聞いて、憲仁朗を指さして言った。

 「凛子ちゃん、月見草の自由研究では憲仁朗を宜しくお願いしますね。」

 「そんな、ご指導なんて…」と凛子は手を振りながら憲仁朗の顔を見た。

 憲仁朗はニコニコ笑いながら、「よろしくおねがいしまーす!」とぺこりと頭を下げた。