浜松、家康、ヘルメット


 もう何年も前のことになるが、晩秋に静岡県浜松市を訪れた。


駅からタクシーに乗り宿に向かった。国道をはずれるともう道幅が狭くなる。


交差点の路面に反射板がうめこまれており、それがチカチカ光って、ちょうど注意信号の役目をしている。

雪がふらない地方ならではの工夫である。


車がすれ違うのが、やっとの細い道を字校帰りの子ども達が元気よく通り過ぎる。

子ども達は皆、白の半そで、半ズボンの夏服姿。


 『千歳をたつ時は雪がちらついでいたのに…。日本も、わりと広いんだ。』と小国日本をほんの少し見なおす。

 子ども達は、そろいの白いヘルメットをかぶっている。

 『道がせまいから、交通安全対策のヘルメットか。』と勝手に決めこむ。


 タクシーの運転手さんが北海道から来たと聞いて、張り切って観光案内を始める。


 「江戸は、徳川様の出張所じゃけに、ここ浜松城が本家だがや。江戸は二号、隠居地の駿府は三号じゃな。」


 「家康の本家は、三河の岡崎ではないのですか。」


 こちらも教師の端くれ、うろ覚えの知識をふり絞っての応答。


 「ああ岡崎か、ありゃ仮住いじや。殿様が岡崎城主の頃は、ほとんど織田と今川の人質ぐらしだがや。」


 なるほど、観光協会の免許を持っているというだけに博識である。


 「浜松が楽器とオートバイで有名なのは知っているじゃろ。浜名潮のウナギも有名だけど、今は、韓国ものにおされて、店をたたむ養殖業者

も多いがに。遠州織物も、重工業の進出で、名前ばかりになっとるわ。伊場遣跡も、平城宮遺跡、藤原宮遺跡に匹敵する遺物がどんどんと出た

んじゃけど、JR浜松駅拡張で、線路の下になってしまった。あそこも遺跡を復元して売りだせば良かったものを…。」


 運転手さんの話を聞いていると、浜松の観光名所はどうもジリ貧気味である。


 町並みを見ても、浜松城開城から四百年の古い城下町にしては、伝統的な募囲気が、あまり感じられない。


 「この浜松城は、幕閣への登竜門での、出世城といわれたほど城主の出入りが激しくてね。腰かけ大名ばかりでは、伝統をつくる間もなかっ

たんでしょうな。」


 浜松の地は江戸と京都・大阪のほぼ中間点に位置することから重要視され、浜松城には有力な譜代大名が配置された。

 それで後に「出世城」と呼ばれるようになった。


 運転手さんの説明は、少しニュ−アンスが違うなあと思いながらも相槌を打つ。


 「出入りが激しくてねぇ…、なるほどね。でも、浜松は江戸時代は東海道の有数の宿場町として大いに栄えていたんでしょう。」


 「そうそう、戦前は東海遣五十三次の宿駅の情緒があってね、街道のおもかげを残していたんですよ。それをアメリカの奴が、空爆と艦砲と

空爆でメチャメチャにしょったんですよ。」


 軍需工場が集中していた浜松は、戦争中27回もの空襲や艦砲射撃を受け、特に、昭和20年6月18日の浜松大空襲の時は、浜松市内は火

の海になったそうである。


 運転手さんのたて板に水を流すような説明を聞いているうちに、車はあっという間に宿に着いた。


 宿に着き、まず風呂にはいる。大浴場の脱衣場にいくと、ザブトンが天井に届くほど高く積み上げてある。そして、壁には、次のような張り

紙が…。

地震発生時には服をきる前に、まず、ザブトンを頭に…


『ああそうだ、浜松は東海地震の警告地帯だった。』と気がつく。


 そういえば、大浴場まで長い廊下のあちこちに、異様と思えるほどのたくさんの消火器、水バケツ、ヘルメトが置いてあった。

 あれは、地震対策のためだったのかと改めて納得する。


『タクシーの運転手さんは地震のことだけは触れずじまいだったなあ。とすると、車から見かけた子ども達のヘルメットは交通安全対策ではな

く…。』


次の日から、浜松市内の学校訪問とピアノやオートバイの工場見学を行った。


予想どおり、どの学校、どの工場にも、廊下や部屋の中にはヘルメット、水バケツ、消火器がたくさん備え付けられていた。


 一人一人の子供の座席に、防空頭布をかけさせている学校もあった。


地震防災のため、ヘルメットを常備するよう条例で定められているそうである。


一般家庭でもかなり普及しているようで、浜松市内の防災ヘルメットの数は、数十万個にもなるそうである。


 徳川家康ゆかりの浜松も、今は、地震対策に余念がない。


「いくさかぶと」ならぬ地震対策のヘルメットの氾濫に、草葉の陰の家康候は何を思うだろうかと、ふと考えた。


 旅のはじめに、親切な運転手さんからくわしいガイドを受けたのにもかかわらず、ヘルメットばかりが気になった浜松の旅であった。


 運転手さんは浜松をぼろくそに言っていたが、今、浜松は「21世紀の世界都市」を目指して大きな発展を続けている。